見なおされた日本の伝統

『絵の様に美しい日本 』:まず、この題名が人目を引く。特に、日本の若いアーティストたちが発信しているとなれば。
彼らは二人だ。彼女、及川キーダは画家。彼、トシ・オオタはカメラマン。数年前から、二人はそれぞれの芸術的な技術、美学的な取り組み方、そして独特なものの見方を一つに併せて、協力しあっている。成果は、炎のように輝かしく、すばやく舞い踊り、いつもダイナミックなのである!

今回の現代風「掛け軸」シリーズは、幾つかの主題にそってヴァリエーションが見られる:
「桜」は日本の通俗的なイメージであるが、春のみずみずしさと、はかない魔力の象徴でもある。「朝顔」は、夏に浅草の寺で毎年お祭りが行われている。「菊」は日本の典型的な秋の花だ。「波」は、作品中に繰り返し現れる渦巻きのモチーフであるが、もちろん北斎の最も有名な浮世絵の一つを思い起こさせる。そして日本が海に囲まれた島国であるということと、列島を囲む海が日本史や日本文化において占める特殊な位置も。「茶道」は、調和、尊厳、平静、平安という四つのコンセプトにわび・さびという不可欠な美的観念が結びついたものに支配されている。「抹茶」、この濃い緑の飲み物は、私たちの五感をよび覚ます。趣向の凝った着物を着ること、または伝統的な「ゆかた」を着ること。これらの衣服は肉体を包むと同時に外側から作り上げているのである。

そして、一挙にすべてが弾ける。真夏の花火のように!
写真、絵画、コラージュ、グラフィック、着物の柄、デジタル画像、すべてがコンピューター上で再構成され、もう何が何で、誰が何を作ったかがわからなくなってしまうのだ。彼女、それとも彼?すべてが絡み合い、まぜこぜになり、清らかに交じり合い、重なり合って補い合っているようなさまざまな画像になり、現実が叙情的に生まれ変わる。
浮世絵の「美人」たちは、長いこと西洋における日本の女性の典型的なイメージであったが、彼女たちはどこにいってしまったのか?
ここでは、モデルたちは「外人」で、日本人の目には意外に映るかもしれない。ブロンド、混血、髪の毛を逆立てた女たち、頭をお坊さんのように剃っていたり、肌に刺青を入れている男たちが登場するのだ。こうした作品のすべては、何よりもまず、色々の面で異なる二つの文化の交流と補完性を褒め称えている。
女と男、東洋と西洋、伝統と近代性、色彩と無色、影と光、透明性と不透明性、ダイナミズムと静けさ、波と水平線、充満と真空、円と正方形。様々な要素を組み合わせている及川キーダとトシ・オオタの作品は、わたしたちに生命の調和を歌いあげる、ポップな詩なのである。

テキスト:クリスティーヌ・シベール
訳:大野 麻奈子

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